![]() しかし、見る視点、立場が変わると、そうでもないものです. 私にとって、まさに快挙と言えます。304作品もの応募作品の中から選ばれた名誉ある受賞でした。3年間、苦労した甲斐がありました。建築のデザインは制限や規則が厳しいほど、より創造性が高められると聞いた事がありますが、まったくその通りです。デザインという作業は、コスト、法規、要望、施工性、その他さまざまな要因を解決、克服しながら、修練させていくものです。 当時を思い起こせば・・・・・・・ 当初aビルウォール(g折半とk島建設が開発)が代理店となっている特殊なパネルで外装を、設計していました。それがいざ着工してみたら、耐火認定不適格で、使用不可となりました。その材料を選んだ私としては、責任があります。私のせいで、工事が遅れれば、もちろん、ペナルティーが発生します。ところが、そのパネル自体が特殊な材料だったゆえに当時、代替え品がありませんでした。軽い金属サンドイッチパネルで、無足場工法が可能な外装材です。PC板や他の材料に変更したとしても計画変更申請で、構造設計をやり直したら、数ヶ月はかかるでしょう。それは絶望的な状況でした。そんな時でした、なにやら、住金鋼板さんが新しい材料を開発しているらしいと言うラッキーな噂を聞きつけました。そこからが、時間と体力勝負の設計変更作業が始まりました。まだ具体的に商品化されている訳ではなかったので、設計者、と現場監督と、メーカーとの共同での作業となりました。結果的に、当初の外装パネルより軽くて薄くて強度も高い、原設計を超える良い材料になりました。設計者としては命拾いした思いがしたものです。思いおこすと、あの時は必至で、一日一生の毎日でした。笑 今、ほんの少しですが、苦労が報われた感じがします。もちろん、それは私だけでなく、 関係者一同、全員の苦労が報われた気がしています。皆さん本当にご苦労さまでした。 それと、住金の鈴木さん、本当に感謝しています。 感謝の気持ちを込めて、私から、関係者に、ほんの気持ちですが、粗品を進呈しました。 方位磁石です。進むべき道を間違えることのないように。そして裏には、座右の銘、を入れました。 architect as servant 建築家とは社会の奉仕者であるように。 ![]() ![]() まだチラッとしか見えませんが、薄いピンクとベージュの市松柄のタイルです。 オシャレなファッションブランド風な気配のする建物になっていると思います。 足元回りには、赤いインド砂岩の門と塀があり、アプローチの天井はミラー貼り。 エントランスドアはアールデコ調の装飾門扉。 新小岩駅前の開発に拍車をかける話題性のあるビルが出来たと思っています。 ここらへんは、まだ木造の2階建て店舗等の老朽化している建物が多く、不燃化促進の 必要性のある地域ですが、最近はさらに、地震時の津浪の影響を考慮した江戸川の水害対策 の必要な場所でもあります。もしやの時は安全な屋上まで避難できる場所の必要な地域です。 江戸川区役所前にある今日の水位の看板を見るたびに、背筋がゾクッとします。 2月からはモデルルームの案内できます。
本日より今年度、業務開始します。
さて、新年の抱負というほどではないですが、気持ちの在り方、(今後のぶれない軸)として、そうしなきゃ と感じていることをまとめます。 建築家ルイスカーンも言っていた言葉です。 「出会うこと 表現すること 良く在ること」 この良く在る事 が、深い意味に今は思えます。 常に、正しい気持ちで、善良な心で、存在している事、そう思うと、この設計という仕事の基本理念みたいなものが鮮明になってきます。(もちろん、すべての仕事がそうですが) 恥かしながら、人から先生と呼ばれる度に そうあらねばいけないと自分を戒めています。 設計事務所の将来像として建築設計事務所のスタイルは、大きくは二つのパターンに分かれると思います。 一つは当社のような、数人規模のアトリエ的な事務所です。 もう一つは、数十人規模の組織設計事務所です。 所長として活動している自分は、設計者なのか? それとも、営業マンなのか? このスタンスの違いが、設計事務所の将来像に影響します。 所長になったからには、誰もが組織設計事務所にしたいと思うのも無理はないですが、しかし、大きくなる規模と同時に、品質(デザインレベル)が伴わない仕事量をこなすようになりかねない危険をはらみます。つまり、常に、精度の高い仕事をやり続けるには限界があるということです。 一番の問題はデザイン力と、営業力のバランスです。 「私は良い設計者になって、良い建物だけを設計したい。」と思って設計事務所を開設したのに、 現実はそれを許しません。 少なくとも、今年一年を通じて、大きな組織経営は不利です。それは単に経営の努力が足りないとか能力がないとは、言い切れない、今の社会状況(経済状況)だからです。 今年は、少人数でも、キチンと良い設計品質を保ち続け、来年に向けて足腰を強くして、大きくジャンプできるように備えておく時期だと思います。 2011年の世相を1字の漢字で表すと「絆」でした。 言うまでもなく、昨年以上に、スタッフにはしっかり、支えてもらわないといけません。それと、私の強みは、協力してくれる設計事務所が数社いて、その時の仕事の量に対応して、一時的にアメーバのごとく、くっついたり、離れたりと、変幻自在なカタチをとれることです。 その付き合いは、20年近くにもなり、私の癖を一番良く理解してくれている人達です。仕事上の家族とも言えます。 震災を経験して、解ったことは、家族のありがたみではなかったでしょうか? 大変な時こそ、この「絆」を大切にしないといけません。 昨年、当社も大変な事態(事件)に巻き込まれました。 その件では、元旦に頂いた多くの年賀状に同じ被害者からの、同情や、悔しさのコメントが書き添えられていました。 しかし、みなさん前向きな姿勢で、立ち直ろう、という気概が感じられ、逆に勇気を頂きました。当社も、やはり、独立当時からお世話になっていた、会社から、「仲間だから」と言って、手を差し伸べていただきました。 そのご恩や感謝を忘れる事なく、今年は、(さらにこの先もずっと)その思いをつなげていこうと思います。 ・ また年賀状にこうも書いてありましたが、もと部下よりの、コメントで、「あまりイメージダウンになることは書かない方がいいですよ」とありました。 ありのままの自分をさらけ出すことができる付き合いが出来てこそ、本当の信頼関係が築ける基本だと信じます。 失った物は、取り返す事が出来ますが、一度失った信用はそう簡単に取り戻す事は出来ません。 元旦に、東洋一の大仏様を拝んで、気づきました。どんな窮地に陥っても、常に仏の気持ちになったつもりになり、心静かに穏やかに、物事に向き合おう。身体も大仏に近くなってきましたし。笑 ![]()
曽我設計事務所は本日29日より来年4日までお休みです。
辛くて悲しくて大変だった、1年がようやく終わろうとしています。 こんな悲劇を二度と繰り返さないために この1年を振り返って 3.11を境に、私を取り巻く状況も大きく変わりました。 (親戚も気仙沼にいましたし、東北のみなさんのためにも強い気持ちでいないと!そんな中) 景気も一気に冷え込み、その影響が引き金になり、信頼していた会社の、倒産、信じていた社長の逃亡、もちろん負債も抱えてしまいました。 それもかなり悪質な状況で、倒産してくれたので、連鎖反応が起こり、知り合いの会社も、私以上に大きな災難が降りかかってしまい、私の周辺では大勢が、可哀そうな結末になりました。 しかし、もっと可哀そうな人はエンドユーザーに違いありません。 夢のマイホームを手に入れようと、コツコツと貯金してきて、高い着手金を支払ってしまったお客様が、一番の被害者です。 私も、そういう迷惑な会社と、付き合っていたと言うことが、今は、不名誉であり、汚点です。 過ぎてしまった事を嘆いていても仕方ありません。 私を支えてくれるスタッフはもちろん、大切な、お取引先のためにも、頑張らないと、いけません。 前向き人間になる必要がありました。 悔しい気持ちでいっぱいでしたが、被災地で流れていた歌「上を向いて歩こう」を聞きながら、私自身も勇気つけられたものです。(東北で被災された方にくらべれば、十分すぎるくらい幸せなのですから。) 全ては自分の責任です。脇が甘いと言われればその通り。 人が良すぎると言われればその通り。 しかし、こういう状況下であっても、3年越しの戸建て分譲計画はすべて完了できたし、同様に3年越しの超ビッグPJだった西新宿ラビも無事竣工できたことは、大きな自信と喜びと大きな実績につながりました。 長期PJのすべてが、この悪条件の中にあって、無事終わらせる事が出来た事は、良い節目の年になった気がします。 私の座右の銘 architect as servant これは「建築家は(社会の)奉仕者」という意味です。私はこれをモットーにずっとこの設計の仕事をしてきました。 基本的には間違っていないと思いますが、世の中には、残念ながら、奉仕してはいけない人がいることを学びました。さまざまな事件に遭遇しながら、着実に強くなってきていると感じます。 早いもので、もうすぐ開業して5年目を迎えます。 1年目 施工会社倒産により、工事中のビル5現場がストップ 2年目 事務所炎上 3年目 大型現場(ラビ西新宿)の工事中、外装材の(耐火)大臣認定の不適合問題発覚 4年目 関連会社の倒産 さて、来年は何が起こることか? 笑 ワクワクばかりは、してはいられませんが、建築の設計とは、常に発生する問題をどう解決するか?が仕事なようなものです。 建築家磯崎新が言いました 「建築とは、組織つけること 関係つける事」 さて、来年はどういう1年にしたいのか? 詳細は明日から温泉にでもつかりながら考えてきます。 攻めの年にふさわしい1年にしなけりゃいけないと思っています。 大型店舗の設計、特殊用途の設計をはじめ、小住宅の設計までと、大から小まで、テリトリーを広げて可能なことは何でもやっていく。しかし、今までどおり、丁寧にコツコツという姿勢はくずしません。信用だけは失わないように。 お客様から継続して受注が頂けるように、関係を作っていくことが大切です。建築は一品生産ですが、一生の付き合いに発展していけるように、さらに上を向いて、邁進していこうと思います。 2011.12.29 曽我 透
まず、柏の葉147コモン。
![]() ![]() 次は代官山へ、偶然にも、槇事務所の前で、槇先生に合ってしまったので、感動してしまいました。一緒に写真が撮れなかったのが残念でなりません。高齢の割に歩くスピードが速いので、おどろきでした。建築家定番のファッションですが、ロングコートに白いシャツ、そして黒い帽子。 白髪がとてもダンディでした。つぎに、全てのサッシが開放される、3階建ての引き戸ビル。外装はすべてガラスサッシ。 ![]() 次に、武蔵境駅前の武蔵野プレイス。 ![]() ![]() ![]() 超ハードな、建築ウォッチングの旅ですが、いい建物を見学すると、パワーがみなぎると言うか?。 設計意欲のユンケルみたいな薬でしょうか。だから忙しい時ほど、見学に行きます。こういう週末をずっと20数年繰り返してきてますが、いまだ継続している自分は相当の変わり者なのか?よく家族が認めていると感謝をし、感心しています。 ありがとう! (言葉ではいえないのでブログで伝えます)
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