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一人、不運な男性を紹介します。おもしろおかしく受け取ってください



その男性は2年前に、私の事務所の門をたたきました。
「住宅の設計がしたくて・・・・、」
その時、当社では余裕がなく、知り合いの住宅関連会社に紹介しました。そこに入社したのが平成23年の3月でした。入社して10日ほどで、あの311の震災に見舞われます。その影響で、すべての工事がストップし、その月末には、人員整理の対象となり解雇されました。なんと不幸な身の上でしょう。不運としか言いようがありません。
可哀そうに想い、私のところで半年ほど、面倒をみました。
彼は2級建築士で、それなりの知識はあったのですが、まだ一人で設計が出来るほどの実力はありません、30代半ばになるまで誰にも教えてもらっていない現実に唖然とします。
大手のハウスメーカーでの契約社員の経験など、会社にとって都合の良いお手伝い作業ばかりで、1案件を担当者として、初めから終わりまで任せてくれて、教えてくれるような環境ではありません。今のアルバイト、契約社員の現実には、この業界の将来に不安を感じてしまいます。
私のところでの半年の経験は彼にとって成長する貴重な時間だったに違いありません。
設計事務所というところは、給料は安いけれど、若い人に、仕事を覚えさせるために、教えないといけませんし、こちらも我慢しないといけません。時間をかけて付き合っていかないといけない、そのために、毎週末、焼き鳥屋へお酒を飲みにつれて行ってやりました。うまく人前で話せるようにと、何度も、松本ひとしの、すべらない話をさせたものです。しかも同じ話題で。
私は常に山本五十六の名言を実行しています。上席者はこの気持ちを持って、若い人と接しなければいけない、大切な教訓だと思っています。
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半年間、私の事務所で経験した後、友人の設計会社に、就職させました。通勤時間も結構なもので片道2時間でした。朝6時起床、帰って寝床に入れるのは深夜2時の生活。案の定、深夜残業の連続で、ついに体を壊し、入院する羽目になりました。可哀そうなので退職させました。
そんな彼が、また私の紹介で、知り合いの会社に就職することが出来ました。何度目の正直でしょう?  今度こそは、しっかり設計者として、立派になってほしいと願います。
切に願います。
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by sogatoru | 2013-02-19 13:20 | プロフィール | Trackback | Comments(0)

お人よしの性格が、災いして、また奉仕設計を受けてしまいました。

古い友人としておこう。
その古い友人は、大手ゼネコンに勤務していながら、会社には内緒で、私に自邸の建設の相談にやってきた。そのゼネコンは構造を問わず木造だって施工できるので、会社にばれたら大変なことになるに決まっている。つまりある事情をかかえて、つまり腹をくくってやってきたという訳だ。
自分の喉に刀を向けた状態で、後には引けない状態で、相談にきている友人を私は裏切れない。断っては男がすたる。笑
結局受けることにした。それも無償である。微々たるお金をもらって文句を言われるならもらわない方がいい。それに、ゼネコンでは上席者であるが、彼の給料もおおよそは知っているし、家族もいるし、教育費も相当なものだろうし、大変だろう。
まして、こんなに小さくて、面倒な敷地で、それも建築の会社に勤務している友人の設計となれば、こちらもそれなりに覚悟を決めて進めなくてはいけない。
私にとって人生初となる、最高の、狭小住宅である。
間口3.3m、まさに安藤忠雄の住吉
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の長屋より厳しい敷地形状である。
東孝光の塔
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の家という有名な家があったが、それに匹敵する敷地である。
最初、敷地を見たとき思わず笑ってしまった。
しかも、地下室あり、1階が駐車場で、地上3階建て、屋上付き そして、とにかく広い空間がほしいと言う。施主の夢は、はてしなく無限で夢幻で、さらに坪50万くらいで
でやりたいと言う無謀な要望である。
さっそく図面を書いて4社に見積もりだしたが、見積もりする以前の話で、施工できませんという回答だった。前面道路が3mと細く、山留のH鋼が運べない。
さあどうしよう? 困った! 良い案が浮かぶまで、こういう時は、一休さんに見習い、一休み 一休み。
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by sogatoru | 2013-02-19 13:18 | デザイン | Trackback | Comments(0)

天塩にかけて育ててきた、息子が、もうすぐ卒業です。これでやっと楽になります

事務所のそばの大学に通わせ、授業が終われば、歩いて10分の場所にある私の事務所で図面を書かせた。役所にも行かせた。施主打ち合わせにも同行させた。緊張するプレゼンテーションの発表にも参加させた。建築士会の定期勉強会にも参加させたし、毎週日曜日はカメラ片手に建物見学に連れていった。新建築に出る作品見学は毎月の日課になった。まさに建築漬けの毎日だった筈。学校と実務の二足のわらじだったこの4年間、大変だったと思う。私の学生の時よりもはるかに内容の濃い日々で、充実した毎日だった。他の学生は、もっと遊んだに違いない。残念ながら、零細企業の当社では、遊ばせてあげるだけの資金的余裕などあるわけない。
しかし建築の専門書だけは、買いたいだけ買ってあげた。おかげで「海外建築家100名の名前をあげよ」と突然質問したら、即言えた。若いというのは覚えがいいものだ。
今年に入って、卒業設計に集中したいと言い、家から出て行った。知り合いの空いている小さな事務所をかりてやった。あれから、ほとんど帰ってこない。食事も出前やら、宅配やら、吉野家やら、コンビニやらで、不健康そのもの。
風呂にも入らず、あらゆるところが、くさくなっていた。そのすっぱさ加減は、半径2m以内は危険で近寄れないほど。まるで宮本武蔵のようだ。3日入らないと、まったく気にならなくなるらしい。
力作の卒業製作もやっと完成し、これで卒業の目途がたった。私がしてやれた事は、大きな模型を自動車に乗せて学校まで送ってやったくらいだ。BMWの座席を極端に前に倒し、窮屈な姿勢での運転だった。提出日当日、お風呂に入れさせ発表のために正装させた、自動車からの下り際「学校の先生にお礼を言え」とだけ言った。息子のようにまったく学校に行かない生徒はいないらしい。だから、卒業設計が間に合わないと即落第となる。それは困る。先生も心配で何度も電話をしたらしい。
そんな息子が別れ際言ってくれた一言に感動した。「おとうさん、今までありがとう、感謝している」 涙
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by sogatoru | 2013-02-06 18:03 | プロフィール | Trackback | Comments(0)