<   2016年 10月 ( 2 )   > この月の画像一覧

10月9日 運命の1級建築士製図受験

10月9日 運命の1級建築士製図受験だった
苦労に苦労を重ねた日がようやくやってきた
d0153211_1439653.jpg

当日は激しい雨だった
まるで、受験生の心を砕くような、崖から突き落とすような、そんな暗雲立ち込めたお天気だった。
当社受験生の結果は、12月中旬にならないとはっきりはしないが、しかし、おそらく合格です。
(自己申告)しかし受験生3名、全員合格ではなかった
3人中2人が合格圏内決定である。
残念ながら1人はまた来年、大金を支払って、チャレンジすることになった
腹が立つ、有意義に使ってほしい賞与が、総合資格への授業料にかわる
海外への建築査察への旅費にでも当ててほしいのだが、これだけは避けては通れない道。
私以上に本人が、へこんでいる。
やけ酒にも付き合ってあげたが、それで本人の気が晴れるわけが無し。
日本全国でいったい何人の受験生が涙していることだろう。
いくら努力しても結果が伴わなければその努力も無駄となる資格。現実は残酷である。
今進行中の現場監督から、「仕事や休ませてもらって合格したって意味が無いですよ」
ときびしい意見を頂いた。仕事しながら、忙しい中、睡眠時間削って、勉強して、合格してこそ、本来の1級ですから! それはその通りですが、しかし人にはそれぞれ能力というものがある。
試験前、特別休暇にしたり、半日出社にしたり、あの手この手で、出来る限り、受験勉強に専念させた。まさに日本一、1級建築士に理解ある設計事務所だと自負する。甘い会社なのかもしれない。暖かい会社と呼ばれたいものだが・・・・。
本音で言うと、私自身、さほどこの資格は重要とは思っていない
スタッフにおいては、実務をする上では、必要ない。
むしろ弊害になることもある。
20代後半のときに1級に合格した友人が、時まさにバブル、実力も無いのに、独立し、外注の下請け設計や、施工図屋さんになってしまって、一時、いい暮らしは出来たが、一度いい生活をすると今度はレベルが下げられず、ついにバブル崩壊後、借金まみれになり、自殺した。本来の実力とは無関係な1級建築士。本音では恨んでいる資格であるもかもしれない。
木更津の地鎮祭のときのブログでも書いた、「大いなる力には大いなる責任が伴う」の精神同様だが、
1級建築士合格したからと言って傲慢にならず、冷静に、客観的に、自分という小さな人間を、見れるようにならなければ、本当の1級建築士にはなれない。
[PR]
by sogatoru | 2016-10-20 14:39 | 独り言 | Trackback | Comments(0)

いよいよ始まります 地鎮祭

d0153211_15454353.jpg
いよいよ始まります
木更津ワシントンホテル地鎮祭
新昭和社長、藤田観光社長、同席のもと、地鎮祭がとり行われました
「かま、の入れ方がすばらしかったヨ」と、新昭和様よりお褒めの言葉を頂き、恐縮です。
思いおこせば、地鎮祭の場数だけは人並み以上に、踏んでいます
10年ほど前の忙しいときは2週間に1回ペースだったと記憶している
昔イヤだった経験が、今、自分の身を救っています
地鎮祭というと忘れられない苦い思い出があります
30年ほど前の話ですが、初めての地鎮祭で、大失態をしでかしました
緊張のあまり、かま入れの儀式を済ませた後に、かまを神主に返すべきところ
、祭壇に直接、置いてしまった。その後、施主もいっしょに、同じように、祭壇に上げてしまった
設計者がミスをすると、後ろに続く人も間違えることになる。
常にお手本となるポジションだということを身にしみて理解した出来事だった

真剣に、厳かに、行う儀式であるがゆえに、ひとつ間違えると、台無しになってしまうことがある。
そんな緊迫した空気感ゆえに、ひとつ間違えると、笑いを必死にこらえる場面につながります。
そんな過去の事例
1、施主が気合を入れすぎて、「エイエイヤー」 クワがパキッを真っ二つに折れたとき。
2、施主が気合を入れすぎて、「エイエイヤー」その瞬間、ずぼんのまたが裂け、白いステテコが見えたとき。
3、施主が何度も、起立、着席をしている中、つい油断し、見事な「プー」、おならを発したとき。
4、背の高い施主が、祭壇に向かうとき、テントを張っているパイプに頭を「ゴツ」と当て、よろめき、倒れてしまい、盛り砂がくずれてしまったとき。
5、地鎮祭の途中、船橋のストリップ劇場(若松劇場)の宣伝カーが嫌がらせのように、「卑猥なせりふ」をけたたましくマイクで放送したため、神主の声が聞こえず、厳粛な空気が台無しになったとき。
個人的なくせですが、比較的大きな地鎮祭で、かま入れの儀式を行うたびに、あのスパイダーマンの名せりふが、あたまを よぎります
「大いなる力には大いなる責任が伴う」
大きな会社、または、大社長が相手だから、といって、おもねることなく、迎合することなく、言うべきことは言わないといけない。
コストや期限や立場や、さまざまな条件から、あるときは、施主の困ることも伝えなければいけないのが、この職能であり、責任。
この設計という能力だけは、専門性の高い分野であり、常に自立した存在でないと、いけません。そんなせいか、記念写真では私だけが厳しい顔つきに映っています
[PR]
by sogatoru | 2016-10-15 15:45 | 独り言 | Trackback | Comments(0)