人気ブログランキング |

<   2017年 10月 ( 3 )   > この月の画像一覧

10月28日 木更津ワシントンホテル完成オープン

10月28日 木更津ワシントンホテル完成オープン

d0153211_19255325.jpg

大祝賀会でした

私も青春時代というか子供時代というか、そういう時期に夢を育んでくださった森田健作知事と握手していただき、夢のような一日でした
「俺は男だ!」 吉川君が好きでした

d0153211_19253335.jpg

小学校時代に剣道を習っていたのもその影響でした。

次に、柔道一直線に憧れ、中学では柔道でしたが、私の背骨を作ってくれた、TV界のスターの一人であることには違いありません。

設計と監理に2年半の歳月をかけ、本日ようやく完成です。

1年1ヶ月の工事期間、事故もなく、本日めでたく完成し、新昭和社長も喜んでくださいました。

d0153211_19254024.jpg

建物が完成するたびに、年をとったなあ!と改めて、つくづく思いますが、どうして、有名な社長になると、こうも元気なのでしょうか?

正直、20歳近く若い私のほうが人生にくたびれています

駅前にドカンと建っているホテルを見ると、本当に当社が設計したのか?疑問にさえ感じます。

たいした事はしていません。工事関係者の努力、彼らの帰れない日、帰らない日の連続で、出来上がった建物です。

工事関係者、皆さんの努力の賜物です。

大きくなればなるほど、反省点が目立ちます

次への課題がまた、増えます

終着点がまったく見えません

怖くさえなります


by sogatoru | 2017-10-30 19:27 | 独り言

コルビジェとアイリーン

行ってきました 早々と、14日に、渋谷文化村シネマ 10/14()よりロードショーです


モダニズム華やかなりし時代、二人の天才建築家の惹かれながらも相克する関係を美しき映像で綴る極上のドラマ

1920年代、のちの近代建築の巨匠ル・コルビュジエは、気鋭の家具デザイナーとして活躍していたアイリーン・グレイに出会う。彼女は恋人の建築家、評論家ジャン・バドヴィッチとコンビを組み、建築デビュー作である海辺のヴィラ<E.1027>を手掛けていた。陽光煌めく南フランスのカップ・マルタンに完成したその家はル・コルビュジエが提唱してきた「近代建築の 5 原則」を具現化し、モダニズムの記念碑といえる完成度の高い傑作として生みだされていた。当初はアイリーンに惹かれ絶賛していたル・コルビュジエだが、称賛の想いは徐々に嫉妬へと変化していく…。

長らく建築史から覆い隠されてきた「壁画事件」。幻の邸宅が辿った数奇な運命──。

昨年、上野の国立西洋美術館が世界文化遺産登録されたことも記憶に新しい近代建築の巨匠ル・コルビュジエ。

と上記がその映画の宣伝ですが、アイリーンはコルビジェより10年早く生まれ、コルビジェがなくなって10年後に亡くなりました。長生きしたにも関わらず、こんな知らされなかったドラマのような事実があったなんて、ビックリです。今年、社員旅行でコルビジェツアーに行って、ラ・ロッシュジャンヌレ邸を見ましたが、その5年前に、アイリーンがその5原則をヴィラ<E.1027>で実証、実践していた。

近代建築の5原則

1. ピロティ

2. 屋上庭園

3. 水平連続窓

4. 自由な平面構成

5. 自由なファサード

ひょっとしたら彼女から、学んだのかもしれないと思えるほど、優秀な女性だったのでしょう。当時の女性の社会的な地位とか評価はいかほどだったものか?

戦争もあり、つらい時代背景だったことは映画からもうかがい知れます

私も尊敬するコルビジェですが、その裏の顔がちょっとだけ見られたような気がしました

そして感動のあまり、コルビジェと同じめがねを購入しました  レスカ ルネティエ
私には絶対に似合わないと思います

d0153211_18192199.jpg


by sogatoru | 2017-10-23 18:19 | 独り言

国立新美術館開館10周年 安藤忠雄展―挑戦―

国立新美術館開館10周年 安藤忠雄展―挑戦―


かつてない大きなスケール感での展示会でした

光の教会の実物大模型は、本物のコンクリ-トで作られていました 

d0153211_16441434.jpg
d0153211_16441439.jpg

学生時代からよく、建築の講演会やら展示会には行ったのですが、私の過去、最大規模の展示会になっていました

安藤先生は、多少私の歴史にも重なってきます

私が建築を志した時、「住吉の長屋」で学会賞を受賞し、その記念講演を聞きに行きました

まだ、当時、安藤先生も30代後半だったと思います

眼光鋭く、髪も黒くまだふさふさだったし(髪型)は同じ、今みたいに、面白い講演会というより、緊張感のある講演会だった気がします

当時、野武士と呼ばれた時代の建築家は皆さん怖かった

講演会場で、怒鳴ることがありました

高松伸さんはとくに怖かった

隣に座っていた学生が「建築にオブジェは必要なんでしょうか?」と質問したら「貴様は帰れ」と怒鳴られ、今にも殴られそうになったことがあった。

安藤先生にも都市伝説がいくつもあり、出来の悪い監督がハンマーで殴られたとか、いやスタッフが殴られたのだとか?・・・本当なのでしょうか?

あの当時、小住宅ばかり設計した建築家でしたので、今のような巨匠になれるとは想像も出来ませんでした。

ある講演会のことですがパネラーで、槙文彦先生、もう一人誰だったか?石井和紘生だったか?

東大で固められたアカデミックな建築の世界に突如、無学歴の変わった人間が入ってきたので、困惑している雰囲気を感じたのを覚えています。

当時雑誌をにぎわせていた有名な建築家は丹下先生、槙先生、磯崎先生、黒川先生、その他たいがいみんな東大出身でした。それは今も変わらない気もしますが。

安藤先生は六甲の集合住宅あたりから、だんだん大規模化してきて、そのあたりから安藤さんの講演会には冗談が入ってきて面白くなってきたのを覚えています

大阪弁だし、きっと施主打ち合わせ時でも、愉快なトークを交えながら、常に、楽しく、気持ちよくさせられる話術の持ち主というか人間力があったのだろうと思います

まったくの偶然ですが、3年前、TOTOビルのEV前で「オー」と手を上げ、私を誰かと勘違いしたときの、先生の無邪気な笑顔は、人として可愛いと感じました

30年前、清家先生が大好きで弟子にしてもらいたくて、手紙を送り、返事をもらって、あの有名な自宅までお邪魔したが残念ながら断られ、その後木村先生に5年間お世話になり、25年前、私がもし、結婚せず、生活のことをまったく考える必要がなければ、安藤先生か村野先生か、の門を叩いていたのではないか?と思う。

黒川先生のところは当時、給料をもらうのではなく、働きながら授業料を支払うという、今では考えられないことですが、これも都市伝説なのか?


by sogatoru | 2017-10-10 16:42 | デザイン